※この記事は一部感情に任せて書いた部分があります。で、ふと冷静になって削除するかもしれません。
<記述>2005年09月13日18:10
外国の記者(ジャーナリストやコラムニスト)が阪神大震災の被害を、
『
神戸で焼肉になった出っ歯の黄色い人達』
と表現したら、どう思いますか?
◇
まだこれは終わりの始まりの第一段階に過ぎないのだ。◇
管理人様から警告箇所の指摘と削除の受諾と予告。『ニューオリンズで佃煮になっている太った黒い人たちである。』『黒い人』が差別的発言に当たるのかどうかは分かりません。『太った』と合わせると少し微妙ですが。
しかし、私が最も許すことが出来ないのは『佃煮』という表現だ。
汚水に浮かんで死んでいる人を事もあろうか『佃煮』と表現できる神経が私には理解できない。
>「佃煮」にしたのが誰かという姿をそこで思い浮かべる批判的想像力を持たない方々に媚びて文章を書くつもりはありませんし、いかなる解説を自分の文章に加えるつもりもありません。ニューオリンズは市長(黒人)と州知事が民主党の人間で、彼らが共和党のブッシュに『佃煮』にされた(見捨てられた)、と言いたいのは分かりますよ。
イラク戦争が起こってなければ被害は拡大しなかったとか、と言う『批判の為の批判』は別にしてね・・・・・・。
もう一度問いたい。
外国の記者が阪神大震災の被害を、
『
神戸で焼肉になった出っ歯の黄色い人達』
と表現したら、どう思いますか?
あとね、
>検閲というのがどういうものかを知る言い機会でしょう。なんて言うか『検閲』なんて自意識過剰だし(規約違反なだけ)、『言い機会』じゃなくて『良い機会』だと思いますよ。読み手の読解力云々以前に、読点とか改行とか誤字脱字のチェックとかしてください。『プロ』じゃないですか・・・・・・。
表現の『自由』は、『責任』を伴ってこその『自由』だ。『責任』を伴わない『自由』は『勝手』でしかない。まともに、表現の自由を訴えている人間が可哀想だ。
<参考・関連>
・
うどん屋かっちゃんの××な日記。・
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